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将棋の羽生名人の天才と言われる訳やプロフィールをご紹介!

      2016/10/24

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只今、第74期将棋名人戦七番勝負が始まっています。

羽生善治名人VS佐藤天彦八段の戦いです。

2016年4月24日(日)の時点で1勝1負の五分になりした。

A級順位戦に初めて昇級してきて直ぐに、

名人挑戦者になれる佐藤天彦八段も大した棋士です。
 
 

ここでは、

その天谷八段を迎え撃つ、

羽生名人についてお伝えしたいと思います。
 
 

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将棋の羽生名人とは

羽生名人は現在「名人位のタイトル」を掛けて挑戦を受けています。

名人戦は全国各地(公募制)で行われます。2日間制で持ち時間は各9時間です。

名人のタイトルだけでも9期に渡ってタイトルを獲得しています。今季も防衛すれば10期目になり、この人を称賛する言葉は簡単にはみつかりません。ただ単に「天才」と言ってしまえば両者にとって、大変陳腐な響きになってしまいます。
 
 

名人に挑戦するにはA級順位戦で、その年度のトップの成績を収めなければなりません。また、そのA級に登りつめるまでがたいへんなのです。

A級というのは将棋界の頂点に在籍する10人です。日本中から10人の天才を集めたといわれるぐらい凄い棋士達なのです。1年をかけて総当り戦を行い、一番の成績を上げた物が名人挑戦者になれるのです。
 
 

羽生名人に関しては「天才」や「秀才」と言った言葉では表現できない次元にいる人です。ファン心理が大分働いていますが、超一流と呼ばれるアスリートの中でも抜きん出ていると思います。

将棋界のトップに立ったり、タイトルホルダーにもなると、何かしら身体から染み出してくるオ―ラとか貴品が感じられるものですが、羽生名人にしては20歳代前半にして、その立場に立ちながらも、まったくそういう物を感じられませんでした。
 
 

また、羽生名人はテレビでこんなことも言っています「朝から将棋盤を囲んで、あ~だ、こ~だと言っているうちに、気が付くと辺りは薄暗くなってしまっている。大の大人が集まってこんなことをしていていいのでしょうか」と謙虚に苦笑いを浮かべていました。

普通、将棋のトッププロになると車の運転などは、もし事故にあって怪我でもしたら大変だからとしないものでしたが、何でも普通でありたいと千駄ヶ谷の将棋会館まで自分で運転されて来ていました。20代の青年なら車に乗りたいのは当たり前ですね。
 
 

また、年に一度は単身ヨーロッパに出向いて、本場のトッププロと武者修行しているのですが、「チェス一本に絞ってやれば世界のトップになれる」とまで言われています。

将棋の研究で疲れたらチェスで一休みするそうです。

ある棋士が言っていましたが一局指すと体重が2キロ減り、翌日は疲れて動けなくなるそうです。知力体力が供にずば抜けていないと務まらないレベルなのでしょうね。
 
 

将棋の羽生棋士の天才ぶり

日本中のあちらこちらで、この子は将棋が強い神童だ。と騒がれた子供達が試験に合格して最初に入るのが、日本将棋連盟の奨励会で、プロになるための養成機関です。ここで、昇級していき三段リーグで上位の成績を収めた者が、四段に昇格して初めてプロとして認められるのです。

その「プロの将棋指し」になれるのが毎年4人だけなのです。26歳までに四段に成れないと奨励会を退会させられます。多くがプロになれないのが現状です。
 
 

羽生名人は小学校6年の12月に奨励会に入門して、3年後の中学3年の12月に四段に昇格し、史上3人目の中学生棋士になりました。義務教育を受けながら将棋連盟から給料をもらっていたのです。3年で奨励会を突破したのも凄い記録です。

1989年に、19歳(六段)で初タイトルとなる竜王を獲得しました。1994年、A級初参加で名人挑戦者となり、第52期名人戦で米長邦雄名人を破って初の名人位を獲得しました。

将棋界の記録を次々と塗り替え、1996年には25歳で谷川浩司王将を破って前人未到の七冠独占を達成しました。どんな戦型も指しこなすオールラウンドプレーヤーといわれています。

 
 

十九世名人の永世称号獲得。ほかに永世王位、名誉王座、永世棋王、永世王将、永世棋聖、名誉NHK杯選手権者の資格も保持し、「永世七冠」まであと竜王1期と迫っています。14年には4人目となる公式戦通算1300勝を史上最年少、最速、最高勝率で達成しています。
 
 

今まで将棋界には、超秀才と言われる人がいます。
大山、中原、谷川、佐藤、森内、渡辺らを言うと思います。この人達は強さの理由の『説明がつく』と言われています。受けの大山、自然流の中原、光速流の谷川、鉄板流の森内、とかで受けが上手いとか、読みが正確だとか言われています。

羽生名人の場合『いつの間にか負けている』のだそうです。そのようなキャッチコピーがつけられていないのも,やはり全ての面で優れているということを表しています。
 
 

19歳から現在の45歳まで無冠の期間はたったの3ヶ月で、常にタイトルホルダーとして棋界のトップに君臨し続けている人は羽生善治名人ぐらいのものです。正に【超一流の天才]ですね!
 
 

米長邦雄元名人

米長邦雄元名人、元将棋連盟会長は「三人の兄は頭が悪いから東大に行った、私は頭がいいから将棋指しになった」と米長先生らしい言い方をしています。

また、将棋で大事な時期は中学生時代、それまでに、どれだけの物を引き出しに詰め込められるかが勝負。20歳を過ぎれば、その引き出しから少しずつ出して使うしかない。と本に書いています。
 
 

プロ棋士になる難しさ

また、プロ棋士になる難しさについては、
日本将棋連盟のプロ棋士になれるのは一年に最大、4人だけです。囲碁の日本棋院棋士も、年に最大6名(女流含む)東大医学部は、医学科(医師養成)だけで、年に100人(内、理Ⅲ枠90人)です。

将棋のプロ棋士は、東大卒は、片上大輔五段だけですが、東大卒の囲碁のプロ棋士は、笠井浩二七段など数名います。

ちなみに、京都大医学部卒の坂井 秀至・関西棋院七段は、「医者になるのと、プロ棋士になるの、どちら難しい」と聞かれて「プロ棋士!、医師なんて頭良ければ、誰でもなれます」と断言しています。
 
 
 

将棋界では年間にタイトル戦が7回行われます。

現役棋士は現在160人ぐらいいますから,その中でタイトル保持者を除く人達の中で予選を勝ち抜かないと挑戦者になれません。名人戦、だけはまず順位戦という棋戦で最上位のA級に所属し,その中で一位にならなければなりません。

つまり,大半の棋士にとってはタイトル戦というのは、一度でも挑戦することすら難しいものなのです.ほとんどの棋士は,タイトル戦に出ることもなく引退していきます。
 
 

その中で羽生名人は,なんとタイトル戦に125期出場し,94期も獲得しています.過去には7つのタイトルすべてを同時に制覇する七冠(準タイトルを含めると、その年は9冠)を達成しています。

七冠からタイトルを1つ失った時も「肩の荷が降りてホットしています」。タイトルを複数失冠した時も「調子が悪いわけではないのですけど」と、何時も通り爽やかに発言しておりました。
 
 

N H K 杯

またタイトル戦ではありませんが,NHK杯では優勝10回を誇り,唯一の名誉NHK杯選手権者の資格を持っています。

NHK杯は前年度優勝者も再びトーナメントを戦わなければならず,優勝するためには5連勝が必要なため,10回も優勝するのは不可能と思われていましたが、しかし羽生名人は,4連覇を達成して優勝回数が10回に到達し,名誉NHK杯の資格を得ました。
 
 

通算勝率も素晴らしいものがあります。
羽生名人は常にタイトルを保持していますし,棋戦はシードされるため,基本的に対局相手は上位の棋士が大半となります。

そんな中で,通算1770局を指して勝率0.7236と,300局以上指している棋士の中で最高の勝率を誇っています。
 
 

また名人を除く上位10人の棋士が所属するA級順位戦において,直近50局で44勝6敗という驚異的な成績を残しており,「順位戦の鬼」とも呼ばれています.

45歳となった現在も実力が衰えることを知らない若々しい好青年です。現在もタイトルを過半数の4つ保持しています。このように実力も実績も圧倒的で,将棋界の歴史上で最強です。
 
 



 
 

将棋の羽生棋士のプロフィール

名前 羽生善治
生年月日 1970年9月27日(45歳)
プロ入り年月日 1985年12月18日(15歳)
棋士番号 175 
出身地 埼玉県所沢市 
師匠 二上達也
 
 

小学校2~3年生の時、親がデパートで買い物をしている時に将棋教室が開かれており、羽生少年は身体が小さく目立たないので、広島東洋カープの赤い帽子を被らせていました。その当時のVTRを観ると目がクリクリとした利発そうな少年が映っていました。
 
 

羽生名人の名言

何かに挑戦したら、確実に報われるのであれば、誰でも必ず挑戦するだろう。
報われないかもしれないところで、同じ情熱、気力、モチベーションを持って、継続しているのは非常に大変なことであり、私は、それこそが才能だと思っている。
 
 

今まで天才と呼ばれる棋士は何人か登場していますが、羽生名人は圧倒的です。

将棋にはたくさんの大会がありますが、特にタイトル戦という大きな大会が7つあります。この7大タイトルの獲得数が一つの目安になります。
 
 

<現時点のタイトル戦獲得回数>
①羽生善治  94回
②大山康晴 80回
③中原 誠 64回
④谷川浩司 27回
⑤米長邦雄 19回
 
 

以上のように圧倒的な獲得数です。現在でも7つのうち4つのタイトルを保持しており記録を更新中です。過去にこの7大タイトルすべてを将棋界で初めて同時に獲得したこともあります。
 
 

羽生名人の解説

昨年度、NHK杯の解説に久々に羽生名人が登場しました。不思議な人で、歳を重ねるごとに返って若返っている感じがします。

肉体、外見上は勿論年齢それなりに変化しているのですが、内面から醸し出す雰囲気で、人を惹きつけずにはいられない、明るいオーラを放っているように感じます。何か見ているだけで気分が良くなるのです。
 
 

久々に羽生名人の解説を聞いていると、その将棋を楽しく集中して観戦させてくれるのです。序盤から将棋の内容について、シンプルながらも鋭い発言を散りばめて、具体的な将棋の内容について他の棋士より意識して集中させてくれるからです。

羽生名人の場合は、別に面白おかしく話すわけではないのですが、本人が解説する対象の将棋について過剰なまでに深い関心興味を抱いているのが伝わってくるので、こちらも知らぬ間にその対局に引きずり込まれてしまうのです。

見事な解説というよりも、人間・羽生善治の魅力に見入ってしまうのでしょう。
 
 

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最 後 に!

心・技・体という言葉がありますが、何の世界でも頂点に立つ人は、何が一つでも欠けていてはダメなのですね。

名人戦ともなると一手指すのに1時間以上かかるのは当たり前の世界なのです。その、考慮している羽生名人の姿を観るだけでも凄いですよ。

何時間も正座して何を考えているのでしょうか。それが、プロなのでしょうけれども。

米長元名人の言葉です「将棋は正座」。

最後まで、読んでくださりありがとうございました。

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